リンパ球性脈絡髄膜炎ウイルス感染と対応について

 理化学研究所バイオリソースセンター (理研BRC) では国内・海外の研究者に高品質なマウスを提供するため、厳格な検疫と微生物モニタリングを実施し、導入されたすべての系統にSPF化操作を施し、病原微生物の感染の検出、除去と防止に努めてまいりました。また、微生物モニタリングについては実験動物中央研究所ICLASモニタリングセンター (実中研) に業務の一部を委託しておりました。
しかしながら、複数の要因が重なり、リンパ球性脈絡髄膜炎ウイルス(Lymphocytic Choriomeningitis Virus: LCMV*注) に感染したマウスがフランス・パスツール研究所より導入され、検疫検査で検出されず飼育されていたという事実が判明いたしました。病原微生物学で世界を代表するパスツール研究所もこのマウスのLCMV 感染を検出することができず、8年間に渡り飼育を続けてきました。理研BRCに導入されてから約1年後に感染の事実をパスツール研究所が検知し、連絡してきました。
その後、関係各位のご協力により、
(1) LCMV に感染した従事者は皆無であったこと、
(2) LCMV 感染はパスツール研究所より導入されたマウスに限局され、他の系統への感染はなかったこと、
(3) 感染マウスは外部機関へは配布されていないこと、
(4) 感染マウスを駆除し、現在LCMV は理研BRCのマウスでは検出されないことを確認し、
(5) LCMV を検出できなかった原因を明確にし、さらに
(6) LCMV 感染細胞を用いた間接蛍光抗体 (IFA) 法とLCMV の核蛋白 (nucleoprotein) 領域を検出するRT-PCRによる高感度で精度の高いLCMV 検査法・検疫体制が確立できました。
 実中研におきましては20年来、LCMV 感染細胞を用いたIFA法による抗体検査を実施していましたが、2002年4月からバキュロウイルス組換えLCMV 抗原を用いたELISA法及びIFA法に変更いたしました。
しかし、この方法で今回のLCMV 感染を検出することができませんでした。
この結果をふまえ、LCMV 感染細胞を用いたIFA法による検査に戻しました。
組換え抗原を用いて検査をした2002年4月以降の血清につきましては、念のため感染細胞を用いたIFA法による再検査を実施中ですが、これまで陽性血清は検出されておりません。
野生由来のマウス系統など万が一の感染を危惧され、抗体検査とは別に、RT-PCR検査を希望される方には検査の実施、あるいは検査のための陽性対照の送付を無償でさせていただく所存です。
検査に関するご質問等は、実中研 (TEL: 044-754-4477、FAX: 044-754-4476、e-mail: titoh@ciea.or.jp) までご連絡下さい。
 今回のLCMV 感染検査にあたって、国立感染症研究所・ウイルス第1部第1室長・森川茂博士、動物管理室・滝本一広博士ならびに長崎大学先導生命科学研究支援センター・比較動物医学分野・佐藤浩教授ならびに大沢一貴助教授に、ご指導とご協力をいただきました。厚く御礼申し上げます。
 国際間でのマウスの授受が、今後急激に増加することが予想されております。今回の感染事故を教訓に、LCMVのみならず他の病原微生物に関しても、迅速かつ精度の高い検査・検疫体制を整備し、従事者の安全を確保するとともに、凍結胚による授受の促進、病原微生物の特性に応じたSPF化処置を施し、高品質なマウスを提供すべく最大の努力をいたす所存です。
 以上、これまでの経緯ならびに確立しました検査法・検疫体制を記しました資料1~3を添えて、ご報告申し上げました。
今後とも、皆様方のご理解とご協力をお願い申し上げます。

*注: LCMV とLCMV 感染:
 Arenavirus に属するRNAウイルスで、元々は野生に生息するマウスを宿主としており、米国では野生マウスの約5%がLCMV に感染していることが報告されています。またハムスターやモルモットでも感染例が報告されています。
一方、我が国の実験用マウスについては、20年前に2-5%のLCMV の自然感染例が報告されておりますが、その後の感染報告はありません。
また、LCMV は実験材料として用いられており、ノーベル賞を受賞した免疫学の研究にも用いられています。
 LCMV はマウスにおいては通常は不顕性感染で症状を示しませんが、経鼻感染 (水平感染) および母仔間で子宮内感染 (垂直感染) を起こすことが知られ、水平感染したマウスでは抗体が産生され、ウイルスは体内から排除されます。
一方、母体内で垂直感染した仔マウスはLCMV に対し免疫寛容状態 (抗体産生が微弱) となり、感染が終生持続します。
ヒトでのLCMV 感染は稀ですが、欧米では感染例は幾つか報告されており、感染野鼠やペットのハムスターなどとの接触が主原因と考えられています。
感染力は弱く、罹患した場合の症状も無症状から感冒様症状を呈するものがほとんどで、健常人では完全に治癒します。
また、ヒトからヒトへの感染例は報告されていません。従って、危険性は低く、感染症法の対象ではありません。
但し、免疫力の著しく低下している人や妊婦では症状が増悪することもあり、注意が必要です。
 LCMV に関するさらに詳細な情報については下記米国CDCのウェブサイトから入手可能です。
http://www.cdc.gov/ncidod/dvrd/spb/mnpages/dispages/lcmv.htm

平成18年1月16日
理化学研究所バイオリソースセンター・小幡裕一
実験動物中央研究所ICLASモニタリングセンター・伊藤豊志雄